
戦国武将を訪ねて…「本多正純」公
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「本多正純」公
1619年15万5千石で宇都宮に入り「宇都宮城」と城下の改修を行った「本多正純」公を宇都宮に訪ねてみた。「関東七名城」の1つに数えられる「宇都宮城」は平安時代に藤原宗円が二荒山の南に居館を構えたのが初めでありその後は500年に渡り「宇都宮氏」の居城となり北関東支配の拠点とした。
1619年に「宇都宮藩主」となった「正純」公は「家康」公の家臣として仕え信任を得てからは重用されるようになり「関ヶ原の戦い」では本戦にも参加している。
現在「宇都宮城」は「城址公園」として整備され「櫓」や「土塁」が見事に復元されている。かつては「堀」であったであろう場所を歩いて‥
「二の丸」と「三の丸」を繋ぐ「二の丸裏門」があった場所へ行ってみた。
「二の丸裏門」は「土橋」だったようである。「土橋」の「石垣」部分が復元されている。本物は地下に眠っている。
「本丸」。
「本丸」を囲うのは石垣ではなく「土塁」‥
高さは10mある。
復元された「富士見櫓」。
内部も伝統工法により復元されている。近年の城郭建造物は伝統工法により忠実に復元されているので
当時を良く知る事ができる。
「鉄砲狭間」。
「富士見櫓」と「清明台」を繋ぐ「土塁」の上を歩けるのは、さながら武者になった気分。
「土塁」上から「清明台」を望む。
「清明台」が「天守」の役割をしていた可能性がある。
「清明台」内部も忠実に復元。「櫓」の2階部分は毎月第3日曜に見る事ができるそうだ。
「清明台」内から「二荒山神社」の方角を望む。「二荒山神社」はこの街の鎮守社であり「宇都宮氏」が祭祀を行っていた。
「二荒山神社」の方角から「清明台」を望む。
「宇都宮城」は江戸時代を通じて多くの譜代大名の居城となったが中でも「正純」公の功績は大きい。なぜなら現在の宇都宮中心部の骨組みは「正純」公により原型がなされたからである。その「正純」公も徳川2代将軍「秀忠」公に怨まれるようになり失脚してしまう。
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